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2025/09/28 10:00
「結び目を ひとひらにして 扉開く
今日も紡ぐ 想いの糸」
咲結の扉を開くたびに感じる、
胸の奥に、ふわりと灯るぬくもり。
この場所で、今日はいったい、どんな想いが結ばれてゆくのでしょうか。
ひとつひとつの水引に込められた願いや記憶を、私の手でそっと紡いでいけること。
それは、私にとって何よりも尊い喜びです。
◆ 咲結を継いだ日々のはじまり ◆
春の名残が香るある日、藤の花が工房の軒先でふわりと揺れていた。
ここは「咲結(さゆ)」。祖母から紡(つむぎ)が受け継いだ、小さな水引の工房。
和紙と木のぬくもりが満ちた空間の中で、今日もゆるやかに時間が流れていた。
「水引は、ただの飾りではないよ」
かつて、祖母が教えてくれた言葉。
「人と人とのご縁を結び、想いを形にするもの。
ほどけることがあっても、結びなおせばまた新しいかたちになる―」
その言葉の意味を、紡はまだすべて理解してはいなかったけれど、確かに感じていた。
水引には、人の心をそっと結ぶ力があると。
◆ あの日の記憶 ◆
「紡、おいで」
幼い日のある日、祖母が呼び寄せた。
手には、藤色と白の水引が握られている。
「これは“あわじ結び”。固く結ばれて、ほどけにくいの。
だからこそ、深い絆や決意を表すのに使われるのよ」
そう言って、祖母はやわらかな手つきで結びを仕上げていった。
「でもね、強く結びすぎて苦しくなるときは、そっと力を抜いてあげるのも大事。 そして、また自分に合ったかたちで、結びなおせばいい」
そのときはただ「綺麗だな」と思っただけだった。
けれど祖母が亡くなり、工房を継いだ今、その言葉が胸の奥で静かにほどけていくようだった。
◆ 継いだ想いと迷いのなかで ◆
祖母の跡を継ぐと決めたものの、心のなかには不安もあった。
「水引で、本当に誰かの力になれるのだろうか?」
何度も問い続けた日々。
けれどそのたびに、祖母のことのはが、心の奥から浮かんでくる。
「結びなおせば、新しい形になる。ほどけたって、それは終わりじゃないんだよ」
そう思えたとき、紡はようやく「咲結」を自分の手で守っていこうと決めた。
◆ あわじ結びのフレーム ◆
あの日、祖母が見せてくれた藤色と白の“あわじ結び”。
それを今、咲結では“願いを結びなおす結び”としてフレームに仕立てている。
「この結びには、願いを強く結ぶ力がある。 でも、どんなに固い結びも、自分の手で結びなおせば、また違うかたちで生きていける」
そんな想いを込めた額装は、迷いの中にいる人、自分の気持ちを見つめ直したい人にそっと寄り添ってくれる。
◆ 結びの言の葉 ◆
ふと、棚の奥から一本の水引を手に取った。
藤色と白―。あの日、祖母と結んだ記憶の色。
紡はひとり、口元に微笑を浮かべて、そっと短歌を口にした。
「つよき糸 たちきれぬまま 結ばれて
ときを越えゆく 想いのかたち」
「……これはね、一度結んだ想いが、たとえ時間を越えても、 きっと胸の奥に結ばれたまま残っている、という歌なんです」
自分自身の不安も、迷いも、まだすべては晴れていない。 それでも、紡の中に結ばれた想いは確かにそこにあった。
結びし想い、風のまにまに。さて、つぎなるご縁はどなたでございましょうか……。
つぎなる結び|第二の筋『もう一度、挑戦する勇気』
端午の節句が近づくころ。
空を泳ぐ鯉のぼりを見上げながら、ひとりの男性が咲結の扉をそっと開く。
かつて夢を追いながらも、現実のなかで挑戦する勇気を失ってしまった彼。
紡が手渡すのは、ほどけにくい“あわじ結び”をもとに仕立てた、咲結の“勝負結び”。
その結びは、夢の残響を心の奥から呼び起こし、再び歩き出す力へと変わってゆく──。